2013年8月12日月曜日

舟を編む

2回観てきました。
とっくに公開は終わってますが、とりあえず軽く書いておこうと思います。


『舟を編む』予告編

映画.comの作品紹介ページからあらすじを引用。
玄武書房の営業部に勤める馬締光也は、独特の視点で言葉を捉える能力を買われ、新しい辞書「大渡海(だいとかい)」を編纂する辞書編集部に迎えられる。個性的な編集部の面々に囲まれ、辞書づくりに没頭する馬締は、ある日、林香具矢という女性に出会い、心ひかれる。言葉を扱う仕事をしながらも、香具矢に気持ちを伝える言葉が見つからない馬締だったが……。
映画の中身に触れる前に、この作品を観るに至るまでの状況をメモしておきます。

普段はあまり小説を読まないのだけれど、この原作小説には興味があったのですよ。
「辞書をつくる」というなかなか知ることの出来ない世界についての話ということや、本屋で平積みにされてるときに見えた装丁がカッコ良かったこと、それから帯イラストを『昭和元禄落語心中』の雲田はるこさんが描いていたりとか。

それから気になりつつも手を出さずにいたら、ある日映画化の話を知ったのですよ。
「もう映画化なんて相当に評判が良いんだなぁ」なんて思いながらスタッフとキャストを確認していたら、一点だけどうしても不安なことがあったんです。

それは、監督が石井裕也だということ。

監督の商業デビュー作の『川の底からこんにちは』はその年のベスト10に入れたくらい大好きなんだけど、その後に続く『あぜ道のダンディ』と『ハラがコレなんで』がどうしても合わなくて(特に後者は邦画ワースト級に苦手)。

どちらも笑いを取るのに力を入れすぎて、登場人物の扱いが雑になり過ぎている感じがしたんですよ。
『あぜ道~』だったら運送業の仕事だけが唯一自慢のお父さんがトラックで事故る必要はなかったと思うし、『ハラが~』だったら「粋だ/粋じゃない」という謎の論理で周囲を(結果的に状況が好転しているとしても)散々振り回した挙句、手前が産気づいた時に周囲から助けられる描写があるのかと思ったらそのまま終わってしまうっていう。

元々仲さんがそんなに得意ではないというのもあるけど、
「コイツ何なんだよ」とイライラしながら観た記憶があります。

こういう経緯があったもんで、「キライなんだけどやっぱりアイツが気になる」という思春期のような気持ちで劇場に向かったのです。

結論から言うと、今回はすごい面白かったんです。

まずは俳優さんたちがみんなすばらしかったです。

今年のメガネ男子界を牽引している松田龍平のすっとぼけた感じは主人公の馬締にぴったりでした。変にカッコよすぎない変人感があるけど仕事は真面目にこなせるというのが羨ましいです。

主人公の馬締。名前の通り真面目。

左から『舟を編む』馬締、『探偵はBARにいる2』高田、『あまちゃんミズタク
対する西岡(オダギリジョー)は馬締とは違って何でも適当に流している感じ。
ただ、自分の力が発揮できるポイント(=辞書の企画が中止になりそうになったときに、外注を出して既成事実を作ってしまおうとする)を見つけてからは全力で奔走する展開がアツかったです。
異動の前に馬締から感謝されるシーンは俺も泣いてましたよ。

主に営業面で活躍する西岡。
ドライな態度だけど中身は熱いのです。

西岡の異動前に開いた飲み会。馬締が西岡に感謝の気持ちを伝え、
感極まった西岡が彼女にプロポーズしてしまうという名シーン。

西岡の出番は原作よりも増えてます。
原作では異動してから辞書編集部と関わる場面がはっきりと描かれてはいないけれど、映画では辞書編集部を訪れるシーンがあります。
「ひとりでできたのー」「おにがきちゃうからねぇ、はやくねないとねぇ」など、子どもに電話をかけるときの口調に子煩悩振りが滲み出てました。

いまや若妻役が定番になりつつある(本人はバツイチだけど)宮崎あおいも安定してました。
十数年経ってからの姿はショートカットになっていたのが短髪推進派としては見逃せないところ。

タケおばさんの親戚で板前を目指す香具矢。馬締の同居人でもあります。

十数年後、馬締の妻となり自分の店を持った香具矢。
ショートカットが可愛すぎるハァハァ

黒木華(「はな」じゃなくて「はる」と読むのだそう)のやる気の無いタチの悪い蒼井優みたいな(褒め言葉)現代っ子ぶりは今回もグッと来ました。

ファッション誌の編集から異動してきた岸辺(手前の女性)。
『東京オアシス』でのイタい女性の役を観たときから気になってました。

辞書編集部の面々も、「緩く見えるけれど仕事には真剣な職場」という雰囲気があってうらやましかったですよ。

辞書編集部の面々
上司や同僚に恵まれ、自分の能力を最大限発揮できる職場。羨ましいですなぁ。

監督の特徴の一つに「おばちゃん使いの巧さ」があると思うのですよ。
例えば「川の~」のしじみ工場のおばさんたちとか。

『川の底からこんにちは』のおばさんたち(後ろの人たち)
『泣くな、はらちゃん』のかまぼこ工場のおばちゃんたちはほぼ同じメンバーだった気が。

今回もおばちゃん使いが凄い良かったです。

馬締の下宿先の大家であるタケおばさんの気さくで気丈な雰囲気が大好きでした。

序盤では馬締が唯一正直に話せるタケおばさん

序盤で馬締が「自分は他人に考えを伝えるのが苦手だし、相手も何を考えているのか分からない」と弱音を吐きます。これって俺が常々思ってることじゃないか…。
そしてこれを聞いたタケおばさんは「そんなの当たり前じゃない。相手に伝えたいから言葉を使うんだろう?」みたいなことをニッコリ言ってのけるんですよ!
当たり前のことだからこそ、ものすごく刺さるというかさ。

俺にもタケおばさんみたいな人がいたらきっとより良い人生を送っていたろうに…。

契約社員の佐々木さんの、無愛想に見えるけど実は面倒見も憧れるおばさんヴァイブスに満ちてました。
ガツガツはしてないけど適度にお節介を焼いてくれるというねぇ。

辞書編集部の契約社員・佐々木
香具矢の勤めている店にすぐに予約を入れるなど仕事が速い。

今回は前作と前々作で見られたギャグへの逃げはなかったように感じました。
あくまでも演出として自然な範囲におさまっている感じ。

特に良かったのは香具矢がラブレターについて文句を言うシーン。

香具矢にラブレターをわたす馬締
内容を確認した西岡に「戦国武将か」と突っ込まれるように、筆で書いています。

原作では「達筆すぎて読めない」という部分はあるけれど、馬締と香具矢は特にもめたりしない。
そこを嬉しさと恥ずかしさでごっちゃになってる気持ちを香具矢が馬締にぶつけるという喧嘩のシーンにしています。「直接聞きたい」というシーンの強度を増す展開でもあるし、観てるこっちもキュンキュンしてくるっていうねぇ。

ト書きと名前を省略しつつ、パンフレットに収録されたシナリオから抜粋。
香「手紙じゃなくて言葉で聞きたい」
馬「はい?」
香「みっちゃんの口から聞きたい。今」
馬「今、って今、ですか」
香「今は今でしょ。辞書で調べたら」
馬「はい」
香「本当に調べなくても良いの」
この展開最高ですよ!

香具矢の帰りを玄関で正座して待っていた馬締。
この喧嘩という名のいちゃつきシーンに憧れますよ!

まぁ気になるところも無くは無かったです。
例えば、辞書の企画を中止しないよう局長に嘆願しに行くところ。

「辞書はカネを食うだけで何も産まない」と辞書の企画を中止しようとする村越局長
中学生で父親になったり、自ら理事を務める高校の
生徒を怪物化させただけあって迫力がありました。

映画では局長が「辞書の完成を阻む敵」として用意されています。原作よりも明らかに高圧的な態度で馬締と西岡に接してます。しかし完成間近になると差し入れしたりしてくる。
二時間強のうちに話を展開しなければならないという制約上、局長のキャラクターを変更しているのは分かるんだけど、どこかで和解してるシーンはほしかったかなぁ。無くても分かるといえばわかるけど。

あとこれは単なる僻みだけど、良く考えりゃリア充映画なんですよ。
馬締は結局は天職に就いてるし、理解のあるパートナーがいるし、かわいい猫を飼ってるし(しかも二度も!)。

こんなかわいい猫を飼ってる。この猫が亡くなった後↓
家にフラッと現れた猫を飼い始めるというね…。
うらやまけしからん!!

とまぁそんなこんなあって(雑)、大渡海は完成。

大渡海
原作本の装丁は、劇中のこの辞書を意識したものだそうです。

劇中にも登場した「大渡海」販促ポスター。
麻生久美子のスタイリストには夫の伊賀さんがクレジットされているほどの徹底ぶり。

馬締と荒木(小林薫)は喜びつつも、翌日からは改訂作業が始まるので気合を入れなおします。
そしてこの作品は、辞書の完成直前に亡くなった監修の松本先生(加藤剛)の家へ挨拶を終えた馬締夫妻のこんなショットで終わります。

馬「これからもお世話になります」
香「みっちゃんってやっぱり面白い」

MOONLIGHT MILE』(何巻かは忘れてしまったし、もう読んでないけど)の中で引用されていたサン=テグジュペリの言葉がとても印象に残ってるんですよ。
「愛とはお互いに見つめあうことではなく、ともに同じ方向を見つめることである」
だから、こういうシーンを見ると必然的にグッと来てしまうのです。『婚前特急』のラストとかさ。
一応言っておくと、『婚前特急』のラストでは主人公の二人はキスしてるので同じ方向を向いているわけではありません。
ただ、冒頭の「大学生の彼氏とキスしててチエが電車に乗り損ねる」というシーンとの対比で、二人は一緒に電車に乗って同じ方向へ向かうのです。

辞書もようやく言葉の海へと船出したばかりだし、夫婦の生活もまだまだ長い船路が続いてるわけです。
お互いが見つめあってるだけでは(船内の閉じた空間での二人のコミュニケーションは取れるかもしれないけど)先へ進むことも行く先を決めることも出来ない。
船を進めていくためには、お互いを見ていなくても信頼のできる人間と、同じ行き先を見ていなければならない。

そんなことが端的に伝わる良いショットだと勝手に思いました。


「舟」ということで、映画にはまったく関係ないこのMVで終わりにしようと思います。
Madness "Night Boat to Cairo"

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